東日本震災から1週間 自分周りをまとめておこう

今回の震災でお亡くなりになった方々、ご冥福をお祈りします。被災された皆様、お見舞い申し上げます。いち早い復旧を願っています。
東日本震災(東北関東震災)から1週間が経ちました 自分周りをまとめておこうと思います
地震発生
2011/3/11 14:46
先週の金曜日、2011年3月11日午後2時46分。ニセコグランヒラフの花園308レストハウスにいた。
その週の火曜日、3月8日の夜便で札幌に入り、千歳空港でのクーポン券の受取り忘れなど、バタバタもしたが、札幌での夜を過ごし、翌日昼前にヒラフに到着。連日の吹雪の中、パウダースノーを楽しんでいた。
金曜日は昼から晴れ間も出て、非常に滑りやすい。昼前からの滑走でしたが、充実したスキーを楽しんでいました。
花園エリアの山麓にあるレストハウス308で休憩していたところ、軽い揺れが。吊るしの電気傘を見ると揺れています。震度1か2といった所でしょうか。
すると、地震情報メールが。東北で震度6の地震が来たとのこと。ニセコには3分は遅れて波が届いたのでしょうか。
すぐさま、Twitterをチェック。「すごい揺れた」「死ぬかと思った」などと書き込み多数。中には、お台場テレコムセンターから煙が出ているなどの情報も。周りもその様な話で持ちきりです。
ニセコでも状況が徐々に見えてきた
2011/3/11 15:30
ワンセグを見ると、これはヤバい。もうしばらくTwitterの情報を確認し、ますます、地震の規模が大きいことを確認。その後、docomoが通信不能状態になりました。
そんな状況、午後3時30分、部署内の安否確認メールを送信。二人はすぐに返事をくれましたが、今日休みを取っている一人が返ってこない。
auケータイが不通に
2011/3/11 16:00
その後、4時前。リフトに乗車中、京都の実家から電話。ニセコは全然無事であることを伝えると、しばらくしてネットも、メールも電話も繋がらなくなってしまった。遂にauもダメか。
電波は3本立っているのですが、ezweb、メールとも接続しようとすると、接続できませんが表示される状態です。
テレビ報道が続々現地映像を流し始めた
2011/3/11 17:00
宿に帰るとテレビで震災情報が、流れている。北海道のNHKは、函館、釧路など太平洋岸の港が津波に襲われている状況をリポート。街が冠水している様が映し出されていた。
その後、民放各社も各地方局からの映像を流しだし、NHKは道内の情報ばかり、民放は東京からの全国情報が多い感じになっていた。
続く通信不能続く
2011/3/11 18:00
ホテルのインターネットは正常につながっているので、会社のネットワークに入り、社内メールにてその後の部署内安否を確認。全員無事でありました。
しかし、auが繋がらない。夜になり、KDDIが、関東と東北以北をつなぐケーブルが断絶し、KDDI同士の電話が繋がらないことが分かった。しかし、不便な状態。
ただし、auからdocomoとの通話は繋がりました。おそらく、docomoとは北海道でauと接続されていて、本州内がdocomo回線とかだったのかもしれません。
auのHPでは、メール新着確認をすれば受信できる旨が掲載されていますが、接続できませんが表示されるのみです。
テレビでは各局とも地震。そして津波。ケータイで撮影した津波ビデオや航空機からの津波も映し出され、まさにパニック映画を見ているようであった。
東京からの情報は、ビルの揺れや湾岸部の火災などをとりあげ、特に千葉のコスモ石油プラントの火災は、戦争かと見まがうほどであった。
auケータイは繋がらないまま朝を迎えました。
原子力発電所の危機が広がる
2011/3/12 8:00
前日から原発の被災が報告されていたが、次第に酷くなる。なり続ける状況。原子力報道が拡大していった。
放射能への不安が広がる。
auのメール機能、ezweb機能が復活
2011/3/12 16:30
11日16時半。一気にメールが着信。24時間ぶりです。着信数は217通。しかし当初はezwebが不通。約10分後に回復。
電話もその頃でしょうか復旧しました。
ニセコを離れ東京へ 宅配関係まとめ
2011/3/13 20:00
ニセコからスキーは新潟、その他衣類は東京へ。空港で買った土産は東京の会社へ宅配です。
空港で買った土産の宅配は、JAL手ぶらサービスなので、搭乗便に乗せられ、羽田から会社に宅配配送されます。こちらは遅延なく翌日昼に配達終了しました。
東京自宅あての衣類は、通常より1日遅れ16日配達完了。
しかし、新潟湯沢宛てのスキーがさらに遅れています。結局着いたのが18日。3日遅れでした。気を揉みましたが意外に早く着いた気がします。
最後に
今回の地震で思うのは、阪神淡路の際にケータイ電話の有用性が語られ、災害に強いというイメージがあった。しかし、首都圏を含む東日本全域にまたがる災害の時には、これも無力になること。被災地では今でも通信困難状態が続いていて、情報の不足が訴えられている。
「想定以上」この言葉がどれだけ語られたでしょう。また、数百年に一回といった言葉も。
どれだけ安全と言っても、人知を超える自然の驚異には勝てないと言う事でしょうか。自然に対する「畏怖の念」を再度認識するに至りました。