与那国島から2年。さて、Dr.コトー診療所2006が始まりましたね

フジテレビでDr.コトー診療所2006が始まりました。 wikipediaの記述 ドラマは今回も、志木那島という離島を舞台にしてドラマは進みます。良く知られていますが、ロケ地は日本最西端の島の与那国島

診療所オープンセットと、日本最西端の碑
私が与那国島に行ったのも2004年2002年納沙布岬2003年宗谷岬と、日本の東・北端を訪ねたついでに、じゃ、西と南の端にも行くべきだと思ったのがきっかけでした。
実はもうひとつ与那国に行くきっかけがありました。2003年の宗谷岬のついでに、利尻、礼文に渡った際、礼文のバーで飲んでいたら、やたら、中島みゆきの「銀の龍の背に乗って」がうまい人いて飲んでいたんです。マスターとかとみなで話をしていたら、「銀の龍の背に乗って」のプロモーションビデオって、与那国でなく、礼文島でロケしたとの話を聞きました。へー。翌日は、旭川から富良野に行くということもあり、「北の国から」に話は弾んだ訳です。なんか、これも与那国に向かせたきっかけかなと思います。

礼文島最北のスコトン岬、富良野麓郷の黒板五郎の家
与那国島は、Dr.コトーの島として今では有名と言っても過言ではないですが、日本最西端、台湾まで約110km、海底遺跡と様々観光資源もあります。ただ、沖縄本島からも400kmとあまりに遠く、航空運賃も高いのでなかなか行けるとこではないのです。その昔は、黒潮が太平洋をぐるっと回り、初めて日本にぶつかるのが与那国島、浜が少なく切り立った島の回りは波も高く、近寄りがたいことから渡難(どなん)と呼ばれた、今も昔も行きづらい島です。
この島への、バースデー割引が取れたのが奇跡か、与那国島波照間島など沖縄・八重山への初めての旅が実現したのが2年前。ダイビングを始めたのも、与那国で海底遺跡を見てみようというのがきっかけでした。
その時の島の滞在は2泊3日でしたが、ちょうど旧盆にあたっていて島では夜になると各家を回ってエイサーを踊る行事が行われていて、昼も夜も濃い滞在になったことを記憶しています。

エイサーの様子と、島南側の放牧地帯
さて、Dr.コトーに話を戻すと、島の南側唯一の水泳許可のある砂浜の比川浜に診療所のオープンセットはあります。セットと言ってもしっかりしたコンクリ製の診療所で、セット専用なため人は住んでいません。ネンキを出すためにわざと古臭く建設したところ、新築の割りに汚いなと島民から揶揄されたとの話もありました。診療所の前には珊瑚礁の海が青々と広がります。海の向こうはインドネシア??

比川浜と石垣から来るフェリー
与那国島は周囲約30kmの島。結構広いです。島をふんだんに使ってロケしていて、ドラマを見ていると、懐かしの風景が広がります。
あー、もう一度、与那国に渡りたいです。ダイビング100本記念はぜひ与那国でと思っています。なにせ、男の海与那国。当時は、まだライセンス取立て10本弱でしたから。100本位で来るともっともっと楽しめますよと。もう一度、与那国だ。
与那国町HP
JTA美ら島物語
美ら島物語のToday’s与那国島